HPVワクチンの安全性
HPVワクチンの安全性
積極的勧奨の中止とその再開の経緯
日本では2009年に2価HPVワクチン(HPV2:サーバリックス)、2011年に4価HPVワクチン(HPV4:ガーダシル)が承認されました。2010年から地方自治体の公費助成での接種が始まり、2013年4月に予防接種法に基づく定期接種になりました。しかし、接種後の広範な疼痛や運動障害などがメディアで報道されたのを契機に、2か月後の2013年6月に厚生労働省は「国民に適切な情報提供ができるまで」積極的勧奨の中止を勧告しました。
海外では世界保健機関(WHO)も含めて、HPVワクチンの安全性に問題が無いことが確認されています。また、日本でも接種後の諸症状がワクチン接種との関連が無いことが確認されました。さらに、接種後に生じた諸症状の診療に係わる医療体制も構築されました。この状況に基づき、積極的勧奨の中止後8年以上が経過した2021年11月26日に厚生労働省から積極的勧奨の再開が通知され、2022年4月から勧奨が再開されています。
ワクチンの安全性はどのように評価すべきか
予防接種後に起きたすべての好ましくない、意図しない症状は「有害事象」と呼ばれます。WHOは「有害事象」の原因を、5項目に分類しています。ワクチン接種後に起きた「有害事象」にはワクチンが原因ではないことも含まれています。これらのうちワクチンが実際に原因である「副反応」は①と②です。(図1)

図1 ワクチンの「有害事象」と「副反応」
「有害事象」がワクチンが原因の「副反応」か否かの判断は、通常は容易ではありません。「有害事象」が接種をした人だけに起きているか、接種をしていない人に比べ接種した人に多く発生していることを証明して、はじめて「有害事象」が「副反応」であると判断できます。
日本の「予防接種後副反応疑い報告」は、報告者の自発的な報告に依存する「受動的な」監視システムで、「有害事象」を収集するシステムです。しかし、接種していない人のデータを利用し、科学的に「有害事象」が「副反応」か否かを迅速に評価できる、より「能動的な」モニタリングシステムが存在しません。「有害事象」を収集するシステムのデータだけを利用し、予防接種の推奨の変更を行うことは、今回のHPVワクチンの積極的勧奨の中止のように誤った判断に到達する可能性があるとされています。
米国には日本の「予防接種後副反応疑い報告」と同様に報告者の自発的な報告に依存する「有害事象」を収集するシステム“Vaccine Adverse Event Reporting System(VAERS)”があります。さらに、VAERSでワクチンの副反応の可能性があると判断された事象を、大規模な医療データベースを利用し、ワクチンを接種した人のデータとワクチンを接種していない人のデータを比較し、より「能動的に」評価する“Vaccine Safety Datalink(VSD)”があります。
米国を含め、諸外国では、HPVワクチン接種後の有害事象の評価で安全性に問題ないことが報告され、HPVワクチンの推奨の変更は行われていません。
日本ではHPVワクチンの安全性はどのように評価されたか
2016年の厚生労働省副反応検討部会で、HPVワクチン接種歴がない人も接種後に生じた多様な症状と同様の症状を呈する人が一定数存在し、多様な症状がHPVワクチン接種者固有のものではないことが報告されました(青少年における「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状」の受療状況に関する全国疫学調査)(図2)。

図2 青少年における「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状」の受療状況に関する全国疫学調査
また、「名古屋スタディ」は、「全国子宮頸がんワクチン被害者の会 愛知県支部(被害者の会)」と「愛知県HPVワクチン副反応対策議員連絡会」が,名古屋市長河村たかし氏に調査の要望書を提出し,市長が実施を計画し,名古屋市立大学大学院医学研究科・公衆衛生学分野(鈴木貞夫教授)に調査依頼を依頼し、調査が行われました。子宮頸がん被害者連絡会が調査対象としてあげた24症状とHPVワクチン接種歴との関連がアンケート調査で検討されました。対象は,接種率の高かった1994~2000年度生まれの名古屋市在住の女性全員の約7万人で回収数は3万人を超えました(図3)。図の左の列が、症状の有無、真ん中の列が、症状による受診、右の列が現在の症状です。ORで示されているオッズ比が 1より大きいと、ワクチンの接種により症状の発症が増加したことを示し、逆に 1より小さいと、接種歴のない人で症状の発症が多いを示してています。さらに、この値(リスク)が統計学的に有意であるか否かについては、その信頼区間(95%CI)が 1を挟まなければ、統計的に有意であることを示しています。ピンクが接種者で有意に多かった症状ですが、いずれもオッズ比が1をぎりぎりで超える程度です。黄色は接種しなかった群で有意に多かった症状です。疫学的因果関係の証明する際のオッズ比は、食事、運動、生活習慣はオッズ比2程度、喫煙飲酒は5程度、薬害といわれるものでは100以上になります。SMONでのキノホルムのオッズ比は1560-19500、インフルエンザ脳症の死亡に対する非ステロイド抗炎症剤のオッズ比は47.4と報告されています。この調査ではHPVワクチン接種群と非接種群で24症状の出現頻度に差がなく、ワクチンと24症状との関連がないことが確認されました。
図3 名古屋スタディ
日本でも定期接種の積極的勧奨の中止をしなければならないHPVワクチンの副反応はないことが確認されました。2021年11月の予防接種・ワクチン分科会で「HPVワクチン接種後に生じた多様な症状とHPVワクチンとの関連についてのエビデンスは認められていない」とされ、2022年4月から、他の定期接種と同様に勧奨が再開された。
米国のHPVワクチンの安全性に対する評価
米国ではHPV4は2006年に開始され、2013年までに5600万接種が行われました。
この期間に21194件の有害事象がVAERSに報告されました。このうち1671件(7.9%)が重篤、19523件(92.1%)が非重篤でした。有害事象の報告数は2008年がピークで、その後接種数は増加していますが、有害事象の報告数は減少しました(図4)。この現象は新しいワクチンや薬剤などの使用開始当初は、使用後におきた事象が新しく開始されたワクチン薬剤が原因と考えるウエーバーエフェクト(Weber effect)が関連していると考えられます。
この期間に21194件の有害事象がVAERSに報告されました。このうち1671件(7.9%)が重篤、19523件(92.1%)が非重篤でした。有害事象の報告数は2008年がピークで、その後接種数は増加していますが、有害事象の報告数は減少しました(図4)。この現象は新しいワクチンや薬剤などの使用開始当初は、使用後におきた事象が新しく開始されたワクチン薬剤が原因と考えるウエーバーエフェクト(Weber effect)が関連していると考えられます。
VSDを含めた3件の大規模な観察研究の成績が公表されています。1つの研究で失神の合併が指摘されましたが、他の重篤な有害事象の合併は報告されませんでした。
2015年から9価HPVワクチン(HPV9)の接種が始まりました。VAERSへの有害事象報告数はHPV4から増加は認めませんでした。2017年までに7244例の有害事象が報告されました。186例(2.6%)が重篤、7058例(97.4%)が非重篤でした。新たな安全性のシグナルは検出されず、HPV9の承認前の臨床試験、HPV4の承認後の安全性と変化は認めませんでした。VSDでは2015年から2017年のデータをRapid Cycle Analysisという手法を用いて、毎週ほぼリアルタイムに安全性の評価を行いました。838991接種が対象となり、虫垂炎、膵炎、アレルギー反応でシグナルが検出されましたが、診療録を検討するなどより詳細な検討を行い、ワクチンとの関連は否定されました。
2015年から9価HPVワクチン(HPV9)の接種が始まりました。VAERSへの有害事象報告数はHPV4から増加は認めませんでした。2017年までに7244例の有害事象が報告されました。186例(2.6%)が重篤、7058例(97.4%)が非重篤でした。新たな安全性のシグナルは検出されず、HPV9の承認前の臨床試験、HPV4の承認後の安全性と変化は認めませんでした。VSDでは2015年から2017年のデータをRapid Cycle Analysisという手法を用いて、毎週ほぼリアルタイムに安全性の評価を行いました。838991接種が対象となり、虫垂炎、膵炎、アレルギー反応でシグナルが検出されましたが、診療録を検討するなどより詳細な検討を行い、ワクチンとの関連は否定されました。
新しいワクチン開始後に、迅速に科学的に安全性を評価できるシステムがあり、ワクチンの安全性が確認され広く公表されています。
世界保健機関(WHO)のHPVワクチンの安全性に対する評価
1999年に世界保健機関(WHO)は世界的に重要となる可能性のあるワクチンの安全性問題に、迅速かつ効率的かつ科学的に厳密に対応することを目的として「ワクチンの安全性に関する諮問委員会(the Global Advisory Committee on Vaccine Safety: GACVS)」を設立しました。メンバーは、疫学、統計学、小児科、内科、薬理学・毒物学、感染症、公衆衛生、免疫学・自己免疫学、医薬品規制・安全性といった分野において、世界的に認められた専門家で構成されています。
GACVSはHPVワクチンの2006年の承認以来、2007年に初めて安全性データを審査し 、その後2008年、2009年、2013年、2014年、2015年にお審査を行いました。GACVSは当初から接種後のアナフィラキシーと失神に関するシグナルを認めていました。アナフィラキシーのリスクは100万回接種あたり約1.7件とみなされ、失神はワクチン接種に対する不安やストレスに関連する一般的な反応と立証されています。その他の副作用は確認されておらず、GACVSはHPVワクチンは極めて安全であると考えています。
その後、ギランバレー症候群 (GBS)、複合性局所疼痛症候群 (CRPS)、体位性頻脈症候群 (POTS)、早発卵巣機能不全、原発性卵巣不全などのワクチンの安全性の懸念が指摘されましたが、GACVSはHPV ワクチンとこれらの疾患との因果関係を示す新たな証拠はないと確認しました。さらに、デンマークと日本から、HPVワクチン接種後のCRPS、POTS、または痛みや運動機能障害などの多様な症状に関連する多様な症状の症例が報告されたが、これらの症状とのHPVワクチンとの因果関係を示唆する証拠はまだないと結論付けました。
GACVSは「現在、数百万人を対象とした安全性研究が蓄積されており、このワクチンに関する広範な安全性データがあるにもかかわらず、偽の症例報告や根拠のない主張に注目が集まり続けています。根拠のない主張が続いていることが、ますます多くの国でワクチン接種率に明白な悪影響を及ぼしており、これが実際の危害につながるだろう」という懸念を表明し続けています。
接種後に生じた症状はどのように説明されているか?
ISRRという概念
WHOは2020年1月に「予防接種ストレス関連反応(Immunization stress related responses:ISRR)」とい概念を発表しました。ISRRは予防接種に関連する「不安」によるストレスが原因で起きる反応で、前述の有害事象の「④予防接種に対する不安に関連する事象」に相当します。ISRRの危険因子には、10歳代、血管迷走神経反射での失神の既往、以前の注射後のいやな経験(失神など)、血液や注射やけがに対する恐怖、不安障害や発達障害(とくに自閉症スペクトラム)などがあります。ISRRはHPVワクチン接種だけではなく、すべてのワクチンの接種時おきる可能性があります。
ISSRは急性反応と遅発性反応に分類されます。
1. 急性反応
急性反応は接種直前、接種時、接種後5分以内おこる反応で、疼痛、恐怖、長時間の立位、針や血液を見たこと、保護者や友人の態度などが要因となります。急性反応は急性ストレス反応と血管迷走神経反射に分類されます。
①急性ストレス反応:接種によるストレスで交感神経系、視床下部-下垂体-副腎系が活性化したために、頻脈、動悸、呼吸困難、過換気などがおきます。偽性欠神発作として、非てんかん性けいれん、失神を認めることもあります。
②血管迷走神経反射:ストレスによって引き起こされた交感神経系の活動をおさせるために、代償として副交感神経系が過渡に緊張することで、めまい、失神、徐脈、血圧低下を認めます。失神は数分で回復することが多く、多くは良性の反応ですが、転倒による外傷に注意が必要です。
2. 遅発性反応
接種後数日で起きる反応で、これらの症状は解離性神経症状反応(Dissociative neurological symptom reactions:DNSR)と診断されます。解離とは、意識や記憶などに関する感覚をまとめる能力が一時的に失われた状態で、非常に大きな苦痛などで起きることがあります。医師の診察や種々の検査で原因となる器質的な異常は認めませんが、不随意で持続的な運動(ジストニア、ミオクローヌス)や姿勢異常、不自然な歩行や姿勢、感覚の異常、非てんかん性痙攣などの症状を認めます。これらの症状は気をそらすことで消失し、薬物治療への反応がなく、症状は断続的で変化することが特徴です。報道されたHPVワクチン接種後の症状の多くがDNSRの症状、特徴と一致します。発症は種々の要因、心理的要因(虐待をうけた既往,トラウマとなる経験など),個人の脆弱性(年齢,個性,性別,不安やうつの既往など),症状出現を形成する要因(他の人が接種後に症状をおこしたのを目撃したなど),きっかけとなる要因(状況や環境など),症状が持続するのを説明し得る要因(発症後の医療従事者の不適切な対処方法など)などが関連します。予防接種はDNSRの発症の原因となりますが、他のストレスも原因となるため、予防接種後に起きたすべてのDNSRが予防接種が原因と判断できるわけではありません。一般的に、接種後7日以内に発症した場合に予防接種によるものと考えるのが妥当とされています。
積極的勧奨の再開後のHPVワクチン接種後の有害事象
2022年4月の積極的勧奨の再開以降、接種数は増加しています(図4)。2024年6月までの延べ接種人数は375万人と報告されています。
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(2022年4月の積極的勧奨再開後に増加している) |
図4 HPVワクチンの医療機関への納入数
届けられた副反応疑い報告数は、積極的勧奨の中止後に接種数が非常に減った時期の報告数に比べ勧奨再開後に増加しましたが、報告割合の増加はなく、重篤例の割合の増加も認めていません(図5)。
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(接種数の増加に伴い副反応疑い(有害事象)報告数は増加しているが、接種に対する報告数の割合の増加は認めていない。また、医療機関からの報告数(黄色実線)は以前のような割合の増加はなく、重篤例も(黄色破線)も増加傾向を認めていない。) |
図5 HPVワクチン接種後の副反応疑い報告数
現在はインターネットなど多くの情報源があります。しかし、ソーシャルメディアからえられる情報は、ワクチン接種に対してNegativeな情報であることが多いと考えられます。HPVワクチンに関しての情報だけではなく、知り得た情報の出典(ソース)を評価するなどの習慣をつけることが重要です。正しい情報を収集する能力は、ヘルスリテラシーを向上させ、より健康な生涯を過ごすために大切です。
9価HPVワクチン ① 2回接種と3回接種の抗体価