妊娠中の三種混合ワクチン
乳児期の重症百日咳
妊娠中の三種混合ワクチン
妊娠中の三種混合ワクチンの接種が、新生児早期乳児の百日咳を予防する最良の方法です。
妊娠中のワクチン接種
日本の妊娠中の女性の百日咳に対する抗体は低い場合が多いと報告されています。妊娠中にワクチン接種を行うことで母体の抗体価が上昇し、胎盤を介して胎児へ移行する抗体が増加し、出産児の抗体価も上昇します。出生後には抗体価が低下しますが、ワクチンが接種可能となる生後2か月までの百日咳の発症の予防に有効です。
世界保健機関(WHO)は、「百日咳ワクチンの最も重要な目的は乳児の重症百日咳を予防すること」としています。百日予防の国際会議(Global Pertussis Initiative)では、新生児乳児期早期の百日咳予防に対して、妊娠中のワクチン接種が最良の方法であるとしています(図1)。
図1 新生児期乳児期早期の百日咳の予防(Global Pertussis Initiative)
日本の厚生労働省の会議で,乳児百日咳予防の方法が検討されています。その際の資料にも乳児周囲のワクチン接種より、妊娠中のワクチン接種が最も有効なことが示されています(図2)。
図2 乳児期の百日咳予防のためのワクチン接種
乳児の百日咳
百日咳は百日咳菌の感染で起きる呼吸器感染症で、連続する発作性の咳が特徴です。感染力は非常に強く、新生児から高齢者まで感染するリスクがあります。乳児は重症となり、痙攣、無呼吸、脳症、肺高血圧などを合併し死亡することもあります。特にワクチン接種前の乳児は重症化のリスクが高いと報告されています。
2024年に海外で百日咳の報告数が増加し、米国では6例、英国では11例、中国では23例の乳児の死亡が報告されています。英国では2013年から妊娠中の百日咳ワクチンが推奨されました。2013年からの乳児の百日咳の死亡例は32例で、このうち26例は妊娠中のワクチンを接種していませんでした。
日本では百日咳は2018年から検査診断した全例を報告する制度に変更になりました。乳児と6歳以降の学童期で報告数が増加しています。乳児期はワクチン未接種がほとんどです。6か月未満の乳児は2018年に530例、2019年に711例が報告されました。生後1~2か月に報告例のピークがあり、この月齢の報告例はワクチン未接種です(図3)。
図3 生後6か月未満の百日咳報告数(2018~2019年)
東京都立小児総合医療センターで、2010年から2018年に百日咳と診断された症例のうち重症例は42例でこのうち6か月未満が28例(66.7%)でした。生後2か月未満が最も多く、26例がワクチン未接種でした(図4)。人工呼吸管理を要した患者は34例 (81.0%) で、ECMO管理は6例 (14.3%), 白血球除去療法は3例 (7.1%)でした。 死亡例は3例 (7.1%) で、 3例とも肺高血圧症を合併し、 2例でECMO管理を行った症例でした。
図4 重症の乳児百日咳菌感染症
(東京都立小児総合医療センター 2010~2018年)
このように重症例は予防接種未接種例で、この年齢群の百日咳予防には日本でも妊娠中のワクチン接種が必要です。
接種するワクチン
米国では日本で使用している三種混合ワクチン(DPT)ワクチンは7歳以上には適応がありません。2005年に成人に適応がある三種混合ワクチン(Tdap) が承認され、推奨が開始されました。2011年に出生児の百日咳予防のために、妊娠中にTdapの接種を推奨しました。(Tdapは百日咳、ジフテリア毒素の含有量を減量したワクチンです(図5))
日本ではTdapは承認されていませんが、DPTワクチンは成人にも適応があり、妊婦にもこのワクチンを接種します。妊婦はDPTワクチンの禁忌、接種注意者ではなく、添付文書には「有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種すること。」とあり、考え方は他のワクチンと同じです。
図5 DTPワクチンとTdaP
海外のTdapの有効性と安全性
現在、40カ国以上でTdapが使用されています。米国では2011年にACIPが推奨しましたが、この時点ではTdapは妊婦に対する適応はなく、専門家の意見として推奨されました。10年以上たった2022年に妊婦に対する接種が承認されました。接種が開始された後に生後2か月までの乳児の百日咳の減少しています。また、90%以上の有効性(Effectiveness)も報告されています。
胎児死亡、新生児死亡、子癇前症、前置胎盤、子宮内胎児発達遅延、低出生体重児、帝王切開、切迫早産、分娩後出血はいずれの接種による増加を認めず、安全性の懸念は指摘されていません。
日本の妊娠中のDPTワクチンの免疫原性と安全性
厚労省の研究事業として、妊娠中のDPTワクチンの免疫原性と安全性の中間報告がでています。妊娠28から32週に接種を受けた98例では、抗PT(百日咳毒素)抗体が上昇し、臍帯血の抗体価は感染予防レベル以上になる割合は98%でした(図6)。

図6 妊娠中のDPTワクチン接種後の抗体価
安全性は接種群470例と非接種群178例を対象に検討され、妊娠合併症や胎児の異常は接種群と非接種群で差を認めませんでした。また、分娩の異常、出生児の状況と1か月の検診時の異常についても差を認めませんでした。
図7 妊娠中のDPTワクチン接種と妊娠合併症
図8 妊娠中のDPTワクチン接種と分娩時の状況
図9 妊娠中のDPTワクチン接種と出生児の状況
妊娠中のDPTワクチンを広く接種を開始した後の課題
今後広く接種を開始した後に以下のことを検討していく必要がある。
- 母体に対する安全性(より多くの人数を対象)
- 胎児に対する安全性(より多くの人数を対象)
- 出生児に対する安全性(より多くの人数を対象)
- 出生児への移行抗体
- 出生児の百日咳に対する有効性(Effectiveness)
- 出生児の接種するワクチンに対する影響
- 次回の妊娠に対する接種の必要性
まず、かかりつけの産科にご相談ください。そこで対応ができないときは当院での接種も可能です。
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